以前はドSな手術室ナース。今はM気味な外来ナース。しかし家に帰るとにゃんず3匹を溺愛する、妄想好きのオタクな女の古(←こ)なのよ〜。2011年からの乳癌治療の話もちょっとだけね。
2011-09-26 (月) | 編集 |
昔の乳癌の手術の話。

私が20歳代の頃の乳癌の手術は、今とは全然違いました。

乳房のシコリとか、乳癌疑いは全て外科が診察していました。
マンモグラフィーと乳エコー(超音波)して、先生が触診して、穿刺吸引細胞診をルーチンで行っていました。
穿刺吸引細胞診にて最初から、classⅤ と診断されれば、乳癌が確定し入院や手術日にむけての話が進められていました。

ただ、結果がclass ⅣやⅢ の時、poor sample(標本不足)の時は、患者さんの希望も確認してから、シコリの摘出手術をして、癌であるか否かを、最終的に診断していました。

午前中に患者さんは手術室で、局所麻酔(部分麻酔)で手術をうけます。(基本は日帰り手術です)
手術は出来るだけ小さい傷で済むよう、シコリだけをくり抜く様な感じで行われていました。

患者さんと家族は、そのまま病院内の控え室で病理の結果を待ちます。
病理の結果は、悪性の時は病理室から、直ぐに電話がかかってきました。
良性の時の方が、時間がかかっていました。(病理の先生も、見落としがないか、よくよくチェックする為時間がかかったのです)
私達スタッフも、時間がかかる時はセーフ(良性)だと心得ていました。
病理の先生から電話があり、病理の結果(繊維腺腫など)良性ならば、患者さんはホッとして、そのまま帰宅です。

私達も、患者さんに「良かったですね」って伝える時、一緒になって喜こんだものです。

でも、病理の結果、シコリが癌だったと、ここで確定した場合は大変でした。
そのまま緊急手術になるのです。
当時は、癌であるシコリのみを摘出すると、その操作によりガン細胞が広がってしまう(ばら撒かれる)と考えられていました。
それでシコリを取ったその日のうちに、広範囲に乳房を切除する、緊急の定型的乳房切除手術をしたようです。

手術室スタッフも大変です。予定外の臨時手術なので、器械の準備、部屋の準備、スタッフの調整。残業できるかどうか。入院病棟への申し込み、、、等々。

当時は手術室看護師としての目線でしか見えてなかったけれど、今思えば、当事者の患者さんは、家族は大変だった!
激動の一日です。覚悟はしてきても、癌かな、癌じゃない様に、癌じゃない様に、、ってお願いしながら病院にやってきて、(でも万が一の為に入院の準備はしてきたけど)
癌でした、手術室の準備が出来次第手術しましょう、急ぎます!なーーんて、言われたら、いやだろうなあ。
取り乱しそう、、、、

会社はどうしよう、子供達はどうしよう、本当に辛かったと思う。
悩んでる時間さえ与えてもらえなかったのだから。
野蛮な時代の手術だったと思います。(うちの病院だけ?)

そういう時代の手術を乗り越えてきた人たちなんだ。今、「私、乳癌の手術して20年たちましたよ!」って、言ってる方々は。ツクズク、尊敬してしまいます。

私も武勇伝したいです。皆さんも、武勇伝募集中!!



コメント:
この記事へのコメント:
まさに・・・
まさに、家の父親の時代の様な気がする。。。家の父も「細胞診で針が通った先に癌がこぼれ落ちたら・・・」なんて言っていました。
今は術後の患者さんのその後の統計を取って、例えばリンパをとっても取らなくても予後に変化がないってリサーチされているのですものね。今はもっと計画された手術なんでしょうね。
こうやって医療は進んでいくのですものね。
今の時代に産まれてありがたいと思います♪
2011/09/26(Mon) 09:16 | URL  | うめちゅう #-[ 編集]
うめちゅうさん

うめちゅうさんのお父様がバリバリお仕事なさっていた時が、理解出来ます!きっと、私その頃ピチピチの新人だった頃だわ。ついでにバブル時代!!
乳癌の手術はどんどん進化して行くんでしょうね。うめちゅうさんが受けたキーホールサージャリー(内視鏡的手術)も、まだ今日本ではごく一部の限られた施設でしか受けられないのですが、どんどん標準手術になって行くんでしょう。そして、同時再建も標準に!
乳癌治療法がどんどん開発されて行くことを期待しましょう、そして、その恩恵をぜひ受けましょうね!
2011/09/27(Tue) 00:43 | URL  | ぴこるる #-[ 編集]
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