以前はドSな手術室ナース。今はM気味な外来ナース。しかし家に帰るとにゃんず3匹を溺愛する、妄想好きのオタクな女の古(←こ)なのよ〜。2011年からの乳癌治療の話もちょっとだけね。
2011-08-16 (火) | 編集 |
人間ドックにてマンモグラフィーを撮影したのが、昨年11月です。

時折自分で乳房触ったり、腋下にシコリがないか触ったりしてはいましたが、右の乳房が時折り、チクリ、、、

チクリ、、、と痛むことがその頃、そういえばありました。

今思えば、非浸潤ガンが、乳管を突き破り浸潤ガンとなった痛みだったのかな、、、なんて、考えてしまいます。

妄想ですが(笑)

今年の6月末に、何気なく触れた右乳房の中に、今まで感じたことのないような硬い塊があるのに気付きました。

頭から、サーッと血の気が引くのを感じました。急いで病院にかからなければとも思いました。

しかし待てよ、いつの間に??

今ちょうど生理前だから、生理が始まったら柔らかくなってしまうかも。乳房が張っていてこんなシコリみたいに感じるのかも知れない。

病院に行くのは生理が始まってからにしよう。その晩はそう自分を納得させて休みました。

しかし、生理が始まってもシコリは固いままだったのです。

自分の病院の乳腺外科の先生は顔見知りでした。私は、実は手術室の看護師だったので、乳癌の手術は何百例もみてきたのです。

まだ癌とは考えていなかった私は、「良性」なのにわざわざ乳腺外科のA先生に、乳房をお見せすることないよな〜と考えていました。

手術室でちょくちょく顔を合わせているのに、、、チチを見せるのはチョット、、、45歳でも恥ずかしい。

向こうも「見たくもない」って思っているだろうけど。

「良性のシコリ」って細胞診してもらうだけなんだから、他の病院でもイイやって気持ちで、手術室勤務の休みの土曜日に、乳腺外来のあるK病院に行きました。

K病院では最初に問診票を記入し、女性の技師さんがマンモグラフィーを撮影し、そのままその技師さんが乳エコーを行いました。

エコーの画面を私も見ていました。技師さんは私が看護師であることは知らないはずです。

エコーの画面には黒い楕円の固まりがハッキリと写し出されていました。

技師さんはカーソルを忙しく動かしながら、楕円のサイズを計測します。

この大きさは、只者ではないかも、、、、エコーの画像は不安を増強させましたが、平静を装いながら、検査室を出ました。

しばらく待ってから、診察室に呼ばれました。若い先生でした。「ABCをしましょう」

と言われ、私は、それが穿刺吸引細胞診の事だと知っていたので、隣のベッドに横になりました。

穿刺吸引細胞診は以前にも経験があり、2回刺されたけれど、さほど痛くはありませんでした。

帰り際若い先生は「よく動くし、境界も鮮明なので、良性だと思います。2週間後に結果を聞きに来てください」と言われました。針を刺したので、念の為抗生物質を飲んで下さいと、セフゾンだったか、、、1日分処方されました。

結果を待つ間の2週間が長かったです。うち病院だったら、細胞診の結果は1週間で結果が聞けたはず。

K病院に行った事をチョット後悔しつつ、、、でもやっぱりうちのA先生に見せるのは恥ずかしい。

2週間後の結果を効く日、私は1人で病院に向かいました。万が一癌だったら、何処の病院で手術受けようか、、、と漠然と考えていました。

このままK病院にしようか、それともドックでかかったM病院にしようか、Iセンターにしようか、自分の勤務するC病院にしようか。

最悪の事態が起こった時を想定して、どう行動しようか、シュミレーションしていました。

そのうち診察室に呼ばれ、椅子に座りました。医師の机の上に電子カルテのパソコンとは別に、細胞診の結果が紙で置いてあるのが見えました。

『class V』

癌の疑いどころか、間違いなく癌であると、医師の説明前に知ってしまいました。

「悪いものがでちゃったんですよー、手術して治療しなくてはならないようです。」

医師はそのように話し出しました。私は冷静に応答し、医師は手術に向けて術前検査の説明や予約日時を話しはじめました。

「先生、実はセカンドオピニオンを受けたいんです。」

何処の病院で手術をうけようか、まだ即決は出来ませんでした。このK病院は麻酔科医が知り合いでした。以前手術室で一緒に勤務していました。麻酔を受けるなら、あの先生なら安心というのもありました。

でも、麻酔は一瞬です。
治療はヘタしたら何十年です。どの病院にかかるかは、大問題です。

宛名の入ってない紹介状を書いて下さいと頼みましたが、細胞診のプレパラートも渡すから、何処の病院に行ったのか判らないとダメなので、病院を決めて下さいと言われました。

その場で「(乳癌手術件数の多い)Iセンターでお願いします」と答えたものの、自宅に帰ってよーく考えてから、自分の勤務するC病院にしたのです。

私の病院は電子カルテです。私のカルテを、病状を、同僚みんなが見てしまう、、、可能性は大ですが、割り切るしか、ありませんでした。

乳癌の恐怖よりも、死の恐怖よりも、同僚や知り合いにカルテを見られてしまうのは嫌でした。

そして同情や、哀れみの眼で見られるのかと思うと、悲しくつらかった。

でも、でも、やっぱり自分の病院は便利だったのです。







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