以前はドSな手術室ナース。今はM気味な外来ナース。しかし家に帰るとにゃんず3匹を溺愛する、妄想好きのオタクな女の古(←こ)なのよ〜。2011年からの乳癌治療の話もちょっとだけね。
2011-08-19 (金) | 編集 |
夫の母(私の義母)は乳癌患者でした。
夫が中学生の時、定型的乳房切除術・腋下リンパ節郭清をうけたようでした。義母は39歳でした。
当時、コバルト照射などもうけたようです。

ある日、義母の様子がおかしい、とのことで連絡をもらいました。(別居していたので)
近医で精査したところ、副腎に癌が発生していたそうです。

私の勤務する病院に転院させ、副腎の生検を行った所、20年以上前の乳癌の転移である事がわかりました。
(20年前の乳癌の手術をした病院に問い合わせた所、当時のプレパラートがまだ保存して有り、こっちに送って頂いて、病理検査の結果、転移が判明したのです。)

義母は骨転移による腰椎骨折があり、そこから溶け出た大量のカルシウムによる、高カルシウム血症の心不全でなくなりました。

義母が急変した時部屋にいたのは私と、当時1歳の息子だけでした。
急いでナースコールを押して看護師を呼び、私は心臓マッサージを始めました。医師が来てアンビューバックにて人工呼吸を始めました。

母がその日ちょうど、移ったばかりのこの病棟はホスピス病棟でした。
ホスピス病棟ではDNRといって、最期の最期にに心臓マッサージや、気管内挿管などの延命処置をおこなわない方針になっていました。(入院時にスタッフに確認されるのです)

義母の最期の時どうするか、まだ確認はされていませんでした。医師に私が聞かれました。
「ぴこるるさん、どうしますか。」義父も、息子である夫にもまだ連絡していない段階です。
私は、即答しました。「気管内挿管して下さい、人工呼吸器つけて下さい」私1人で看取るワケにはいかないんです〜!!

義母はその夜亡くなりました。義父も、長男である私の夫も、その弟達も間に合いました。
20年以上たっての乳癌の転移でした。最後はあっという間の展開でした。

当時の私は、乳癌って20年以上経ってからも、転移するんだ、、、怖いな〜という印象でした。
でも、同じ病気になって、同じ立場になって思う事は、変わりました。

義母の癌はおとなしい癌だったよね。20年以上も気がつかなかったんだから。ルミナールAかしら。
私には、あと20年なんてあるかな〜、、、、20年あったら、、、イイナァ、、、。


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