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看護師であり乳がん患者でもあります。家にいるにゃんず3匹と、仕事の話、お金の話、乳がん治療のその後の話など、日常のアレコレを記録していきます。
2016-11-04 (金) | 編集 |
特に「大ファン」と言う訳では無いが、
毎週木曜日には「Doctor-X 外科医・大門未知子」を見ちゃいます。

ストーリーはワンパターンで
必ず手術は成功する(正義は勝つ)ので安心して見ていられます。
「ワタシ失敗しないので」が、見ていてスッキリする‼️のかも知れません。


やはり手術シーンを見るのが好きですね。

どうしていつも術前カンファレンスに使うのが
(昔からの)レントゲンフィルムなのか?デジタルじゃないの?
そこがツッコミたくはなるんですけれどね。



昨日は、ハーディーと開頭の複合手術でした。

大門先生は脳外科も消化器外科もダ・ヴィンチ も出来ちゃうんダァ❗️とか
その術式 、、、うーん、あり得ないでしょ‼️なんて
TVを見ながら毎週ニヤニヤ(笑)

ただね
「メッツェン❗️」「モノポーラ❗️」
なんてシーン聞いちゃうと
ワタシももう一度「器械出し看護師」してみたいと、
そんな思いがムクムクして来ます。


手術室でバリバリ働いていた当時
ORナースこそが自分の「天職」だと信じていました。

30代の終わりの頃
「手術看護認定看護師」制度が始まると決まった時
是非、1期生受験したいと、申し込みたいと
外科部長の医師に話したところ、大賛成して下さった事もあり
看護局のトップである総婦長に相談しました。

「あなたがもしも合格し、研修で半年間不在の間、
手術室はどうするの。看護師1名減でやっていけるのッ」
「あなたが不在の間、補充のスタッフはあげられなくてよ」

そう強い口調で却下されました。
何度かお願いしても駄目でした。

当時の手術室婦長(ワタシの直属の上司)は
「ぴこさんを一人研修に出しても、私は正直なんとかなると思うんだけど
でも総婦長がアレでは、、、(逆らえない) ごめんね」

オペ室のナースステーション内で
申し訳なさそうに婦長から謝られて
思わず(油断して)涙が浮かんでしまったのを覚えています。


当時
あと10年遅く生まれていたら、違ったかも。

そう思いました。

今でこそ「認定看護師」は珍しくありませんが
当時は認定看護師自体がまだ新しい制度で
うちの病院には一人もいませんでした。
そう言う時代でした。

「感染管理」や「WOC」
「がん分野の認定看護師」なら病院としては欲しいけど
「手術看護認定看護師」なんて、時期尚早過ぎる!
それが当時の総婦長の考えでした。
(まぁ、ちょっとはわかるんだけどね)


ワタシは
「何て考えの古い総婦長なんだろう。先見の明が全く無い」
と怒りつつ
「ワタシあと10年遅くに生まれていたら、、、、」



なんて総婦長を遠くで見かけるたびにモヤモヤしていました。



ドクターXを見ていると
そんな苦い思いをした、遠い昔を思い出します。


手術室、好きだったなぁ。
出来ることなら1度、戻りたいなぁ。

いやいやいや、、、

もう、無理でしょ。老眼きてるし。

その目じゃ第一、手元の針穴が見えないでしょ。
糸が通せないでしょ。

フン、(遠近両用)コンタクト買うもーーん。



今まさに手術を受けている真っ最中の患者さんの命を守るため
外科医や麻酔科医と協力し
全身全霊で神経を集中し
手術介助をしていたあの頃の自分が
懐かしいーーー。


あの集中力は、
今の内科外来では出せてないなぁーー


今は、
全然違う所に来ちゃったなぁー
ワタシ。


たまに、、、
そう感じるのです。



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