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看護師であり乳がん患者でもあります。家にいるにゃんず3匹と、仕事の話、お金の話、乳がん治療のその後の話など、日常のアレコレを記録していきます。
2012-11-16 (金) | 編集 |
今日はハーセプチン点滴18回目の日。
そう、、、、、記念すべき最後のハーセプチン。


おとといから発熱していたけれど、
インフルエンザの検査は(-)だった。
腫瘍内科の医師からはインフルエンザでもハーセプチンは打てます!と
太鼓判を押され、ハーセプチンの全18回が無事終了となった。

去年、自分がHER2(+)と知り、
HER2(+)だからki-67も高い!と言われ、
当時はだいぶ落ち込んだものだけど、、、

こうして振り返ると、一年間の18回は、アッという間でした。



帰り際、
もう二度とこの部屋(化学療法センター)には戻ってきたくないワ、、、、と
乳癌初発の抗癌剤治療を終えた方は誰もが思うだろう。

(でも、ネガティブ思考のワタシは)
こればっかりは自分の意志ではどうしようもない。
また化学療法センターにお世話になっちゃうかも、、、、、と考えてしまう。




医師が言うのだ。

乳癌は、みなさん『固まり』とか『固型のような物』とイメージしがちです。
その固まり部分を手術で切除したらそれで安心、、、と思いがちですが、しかし実際はそうではないのです。
超早期ならまだしも、実際は非常に小さな癌細胞が身体に散らばっている、、、と考える方が正しいのです。
ですから、乳癌は固まりというよりも、液体みたいなイメージの方が近いです。
血液の病気、、、例えば悪性リンパ腫とか、白血病と似ています。



医師が再発の患者さんに説明している内容を診察室の後ろで聞いていると、
どーーーん!とワタシも落ち込みます。
(ワタシも乳癌って固まりのイメージだからね、目からウロコなの)


来年の今頃、
ワタシ化学療法センターに(再発して)また通っているかも知れないし、
それは、、、5年後かも知れない。
いやいや10年後になるかも知れない。
それとも?それとも?どうかな、、、?どうかな、、、、?って、
そうこうしているうちに、いつのまにか天命にたどり着くかもしれない?


1年後も〜、
5年後の事も〜、
未来の事は、、、、、、
誰にもわからない。


ただ、唯一はっきりしているのは、
いつかは誰も虹の橋を、一人で渡らなければならないという事。

今まあまあ元気でいると、
このまま未来が永遠に続いてゆくような錯覚をしてしまうけれど、
本当はそうじゃないんだってこと。



同じ乳がん患者でも、初発の時よりも再発の時の方がショックが大きい。(と聞く)
自分はそうなるのかな、、、、?
再発・転移と知らされた方の落ち込む気持ちを推し図れるのは、
同じ立場を経験した者だけ?

初発は、まだ乳癌の怖さがわかったばかりで、
転移や再発の話をきいてはその恐怖に少し怯えながらも、なんとか自己を維持出来る。
ポジティブでいよう~と、まだまだ頑張れるよ~って、自分を奮い立たせられる。

でも現実で再発・転移を知ってしまうと、
ヒタヒタヒタ、、、、、と忍び寄る怖い足音をハッキリ感じてしまうのかも知れない。


何が怖いのか、、、、。
ワタシの場合は、痛みかな。苦しみかな。
その時、終末期に、痛みをマッタク0(ゼロ)にしてくれ~とまでは言わないが、
痛みが強烈でないといいなぁ~とか、
息が、呼吸が苦しくないといいなぁ~とか。



いままで救急センター勤務にて、
たくさん老若男女様々な亡くなった方の姿を見てきたせいか、人の死に対しては

『そりゃ~、ワタシにもモチロンX(エックス)デーは来るわよ、、、
でも、なんで友達よりも夫よりもワタシのお迎え早いのよッ!(怒)』

ぐらいの心境でありたい、、、、。





ハーセプチンの点滴を待っている間、
今日も隣の患者さんの話がカーテン越しに聞こえてきたよ。

「昭和16年◯月◯日生まれの◯◯です」
今日のお隣さんも、実母よりも年上だよ、、、、。
自分の親よりも年上の癌患者に囲まれながら、ワタシ1年間点滴してきたのよ。

私は両親よりも先に癌になった。
あぁー、なんてそれだけで親不孝なんだろう。
(モチロンなりたくてなった訳では無いけれど)

ワタシは実家にハーセプチンの話はしていないので、
親はワタシがこうやって「高額な治療」をしていることは知らない。

乳癌で手術をした事・抗癌剤で禿げた事を知らせただけ。
もう、、、それだけで十分。

親より先に癌患者にはなったものの、せめて
死ぬのは親を看取ってからにしたい、、、。
長生きしたいなんて贅沢は言わないから、
ただ、親は見送ってから死にたいなぁ。(唯一の孝行?)



両親と住んでいても、
おひとり様でも、
結婚したが子供には恵まれなかったとしても、
結婚して子供を授かってはいても、
結局、ガンとの戦いは『自分一人でよッ』とワタシは思っている。
孤独って言う意味ね。

いつか誰もが渡る虹の橋
一人で渡る虹の橋


その日が1年後か、5年後か、10年後かはわからないけれど、
その日まで、なんとか『ガンと闘う』というか、『ガンと共存』していこう。

たくさん泣いて、叫んで、悩んで、落ち込んで、毒をはいて、、、、、、
それでも、それでも少しずつ前に進んでゆこう。




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