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看護師であり乳がん患者でもあります。家にいるにゃんず3匹と、仕事の話、お金の話、乳がん治療のその後の話など、日常のアレコレを記録していきます。
2011-10-10 (月) | 編集 |
若いママさんが、お子さんに禿げ頭を見せていない、家では常時ウイッグをかぶり、病気を悟られないように努力していた、、、、との乳癌闘病ブログを読んで、義母もそうだったなぁ~と、思い出したこと。


義母(夫の母)の話。
以前ブログでも紹介したが、義母は乳癌。

39歳で発症(まだ夫は中学生だった)20年後、59歳のとき骨転移・副腎転移で亡くなった。

義母は髪の毛がほとんどなかった。昭和50年代の乳癌治療にコバルト照射があったらしく、(昔のリニアック照射と想像してください)
『コバルト治療で禿げたんだよ』と言ってました。真実は不明、抗がん剤したのかどうかも不明。
再発した時も、『放射線だけは絶対受けたくない、禿げるから』と言ってこだわっていました。

夫は、『かあさんの本当の頭、俺見たことないんだ。』と、言ってました。

義母は家族の前でいつでもカツラをかぶっていたのです
まれに、スカーフを今で言う、バンダナのように三角巾かぶりをしてはいましたが。
(今思い返せば、スカーフを使用していたのは夏だったんだな~と、同じ立場になって理解できましたが。)

夫も全く見たことのない義母のバーコード頭を見たのは、義母が亡くなる直前でした。

もうそうとう具合が悪かったらしく、面会に行ったとき頭のスカーフがずれていました。
おかしいな、、、と思いました。
几帳面で神経質な義母なのに、バーコード頭が見えてて平気なんて。

もう自分の容姿をかまっていられない状態だった義母は、夕方急変し、私と居合わせた医師とで人工呼吸・心臓マッサージが開始されました。
心臓マッサージをすると、その振動でどんどんスカーフがずれてしまい、義母のバーコード頭は露わになってしまった。

気管内挿管をし、人工呼吸器を装着してからやっと義母のスカーフを直し、バーコードヘアを隠してあげる事が出来た。
もうすぐ義父や息子たち、親戚が急変の知らせを聞いて集まってくるはず、義母の一番気にしていただろう、禿げ頭を見えないよう配慮できました。

義母は神経質だったのか、完璧主義だったのか、、、、、でも20年間疲れなかったのかなぁ~


私はというと、家では子供にも夫にも禿げ頭見せてます。
夫は、初めて見たときは、さすがにビックリしたようで、
『オォ~、、、』とか、言ってましたから。

同じ乳癌でも、禿げ頭を全く見せなかった夫の母。
平気で禿げ頭さらしちゃう妻。

この差はなんなんでしょう。

ただ単に、嫁がズボラ、、、?

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