以前はドSな手術室ナース。今はM気味な外来ナース。しかし家に帰るとにゃんず3匹を溺愛する、妄想好きのオタクな女の古(←こ)なのよ〜。2011年からの乳癌治療の話もちょっとだけね。
2013-07-29 (月) | 編集 |
今日7月29日はワタシの手術記念日。

ワタシが乳房切除術(全摘)を受けてから、
2年の月日が過ぎたのだ。





あの日、朝1番の手術だった。

いつもなら手術室の奥深くに待機して
手術を受ける患者さんを、待ち構える方の立場だったのに、
(手術室ナースだったから)


あの日だけは違ってた。


手術室の後輩ナースがずらっと1列に並んでいる前を
ワタシは手術室5番の部屋に向かって点滴台を押しながら歩いてた。

手術室5番の部屋の、中央に置かれている手術台に
さっさと自分で乗って、仰向けになった。

自動血圧計を装着し心電図モニターの電極やBISモニターを貼られたりする時間が
とてもじれったく感じていた。

麻酔科医師が点滴ラインから
プロポフォール(マイケルジャクソンが死亡したあの麻酔薬)を注入している間、
『早く眠らせて~』
そう心の中で叫んでた。

手術をさっさと終わらせて、
早くあの場所から去りたかったのだ。










暗闇のなか、
『ぴこさん、ぴこさん』
ワタシの苗字を呼ぶ声がした。

ワタシの口の中から喉にかけては、『ラリンジアルマスク』という
人工呼吸用の太いチューブが挿入されており
これが口に入っている間は言葉を発する事は出来ない。


ワタシは目を開けて、『あぁ手術が終わったのだ』と理解した。
直後に麻酔科医師がラリンジアルマスクを引き抜いた。



ワタシは
『センチネルリンパ節はどうでしたか』
この質問が第一声だった。

ベッドの周りにいた麻酔科医師と後輩ナースは、覚醒後いきなり話をしてきた患者に
ぎょっとしたようだった。



その直後、
ワタシは自分に、ドレーンが2本入った事実を告げられたのだ。














あの瞬間から、ワタシの闘いは始まった。

今でも時々ツキーーーンと腋窩の傷が痛む瞬間がある。

あと何年経ったら、、、この痛みは無くなるのか。

あと何年経ったら、、、この違和感は軽減するのか。


受容して共存するしかないんだよ。 (もう一人のワタシが言う)





本当はわかっているけど。







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2012-01-19 (木) | 編集 |
術後のドレーンの話。

私は乳癌の全摘手術を受けたのだが、術前に、
  乳房温存手術なら術後のドレーンはなし。
  腋下リンパ節郭清の無い乳房全摘手術ならドレーンは1本。
  腋下リンパ節郭清と乳房全摘手術ならドレーンは2本入る、と聞いていた。

術後、結局ドレーンは2本入っていた。

センチネルリンパ節は術中迅速病理の結果マイナスだったのだが、腋下リンパ節が腫れていた為に、数個リンパを切除した為だ。
患者さんに入っているドレーンは今まで(嫌というほど)沢山見てきたが、自分にドレーン入れられたのは始めて。
毎日、ドレーンに溜まるリンパ液をしげしげと眺めていた。

早くドレーン抜いてほしいな〜と思っていたが、抜く時痛かったら嫌だな〜なんて考えていた。
(入れた時は全身麻酔だったから感じないけど、抜くときはバッチリ意識あるからね)
F1000011 ドレーン
これは『Jバックドレーン』と呼ばれています。陰圧になっています。
ドレーンは2本で、Y型のコネクターを通して、リンパが溜まるバッグは1個になっています。


手術して7日目の朝に、研修医の先生が今からドレーン抜きましょう、、、、とやってきた。
ギャーとうとう来たか、、、とは思ったが、これには応じるしかなかつた。
いつまでもぶら下げておく訳にはいかないからね。

皮膚に固定してある糸をプチンとハサミで切って、ドレーンは2本ともスルスルする〜と、あっと言う間に抜けてしまった。
全く痛みがなかった。
「全然痛くないです(良かった〜)」と、笑顔で医師に答える私。
その後先生たちは次の患者さんのもとへ向かいました。

ドレーン抜く時はさぞかし痛いだろうと予想していた私。しかし全然痛くなかった。
というよりも全く何も感じなかったのだ。麻痺していたのである。
手術の手技・操作にて胸部の皮下の神経を切断されているため、全く感覚が無かったのだ。
決して医師のドレーンの抜き方が上手だったのではない。痛くなくて当然なのだった。

その時気が付いた、、、感覚が無い。
ショックだった。ずっとこのままなのかしら。乳房が無くなっただけじゃなくて、皮膚感覚も麻痺するのね。感覚はこのままなのかな~。 (不安)

DSC04942  跡
ドレーン2本を抜いた跡の現在の様子です。

もうすぐ術後6ヶ月になります。
胸部の皮膚の感覚は復活してます。
腋下の皮膚(二の腕が当たる所)に少し感覚がまだない所があるな〜。

う~ん、感覚復活してほしいなぁ~。


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2011-09-19 (月) | 編集 |
術中センチネルリンパ節生検のお話を少し。

私の病院では、センチネルリンパ節生検法はラジオアイソトープ法と、色素法を併用し精度を高めていました。施設によっては、片方しか行っていない所もある様です。
どの程度の割合でアイソトープ法のみの施設、色素法のみの施設と、両方実施の施設があるのかは詳しくは存じないのですが。(併用していると、やはりお値段は高いそうです〜)

まず、ラジオアイソトープ法。
私の病院では、手術前の晩に、骨シンチを行うのと同じ棟に行き、シコリのある乳房(乳首)にラジオアイソトープの注射を行います。
翌日手術日の早朝、同じ部屋に行き、骨シンチを行う同じ台に乗り、腋窩付近に反応が出ているかどうか確認しておきます。

次に色素法です。
手術室にて患者さんに全身麻酔がかかったのち、(当院ではインジゴカルミンという青い液体)色素を細い針でシコリの付近に局部注射します。(患者さんは麻酔で眠っているので痛くないはず)

(最近TVで見かける、放射線測定器のような)ガンマープローブと言う測定器械の先端部分のプローブを腋窩辺りにあてると、その放射性同位元素(アイソトープ)を取り込んだリンパ節の皮膚上で、ガガガピーーーッと反応音がするのです。

『ここ掘れ、ワンワン』っていう感じです。その真下の皮膚を切開し、青い色素の染みたリンパ節を掘り出します(探し出します)これがいわゆる見張りリンパ節です。
取り出したリンパ節(1〜2個)にまたプローブを当て、反応音を確認・色素取り込みを確認し、このリンパ節で間違いが無い、センチネルリンパ節だ!と、確定されるのです。

この色のついたリンパ節を病理専門の先生へ大至急届ける(看護師さん走る!)
病理の先生は顕微鏡で検査し、ガン細胞の有無をチェック、急いで手術室に電話してくる(看護師さん急いで電話受ける→執刀医に電話取次ぐ)
その結果によって腋窩リンパ節郭清の有無や程度が決定されるのです。

手術中センチネルリンパ節生検・迅速病理は、だいたいこのような流れになっています(施設によっても違いがあるかも、、、、)

私の手術の場合はセンチネルリンパ節まだ生検中(術中迅速病理検査中)なのに、腋窩リンパ節が怪しく腫れていたとの理由から切除されてしまった!一体どんだけ人相の悪いリンパ節だったんだーー?

余談ではありますが、患者さんの身体に放射性物質が入っているからでしょうか、妊娠している看護師はこの手術にはつかないように、と言われてました。(お腹の胎児に被爆の恐れがないように、、、なんでしょう〜)
だから、私のように年寄り看護師はよくつかされていました。(どう考えても、腹の中にいないだろうと)


2011-09-15 (木) | 編集 |
乳癌と診断されたとき、癌になった不安よりも悩んだことは、
自分の勤務する病院で手術するか、別のIセンター病院で手術するか、、、だった。

乳癌とは別の癌で手術した経験のある友人(看護学校の同級生)にさっそく相談した。
友人は自分の病院では手術せず、Iセンターで手術している。

友人の場合は早期発見だったため、手術後の内服もなければ、その後の定期診察もない。

乳癌は術後も5年以上の定期診察や、経過観察が必要だと理解していたので、プライバシーを捨てても自分の勤務する病院にしようと決意したのだが、入院前に友人に言われたこと。

『乳癌で手術するにあたって、子宮がん検診も受けといたほうがいいよ。』
乳癌と診断されたばかりなのに、そっちもかい!一瞬、ガーンとした。
去年11月に人間ドックを受けた時、子宮がん検診のスメアの際、診察した医師に『ただれが見られますね』と言われてたのを、思い出した。

そういえば私、人間ドックの時に乳癌検診のマンモグラフィーはOKで、子宮癌検診の方が要観察だったんだわ。

う~ん、これはダブルでまずいかも。

乳癌の見つかったばかりの私に、友人が、子宮がんの話をもちかけた理由はわかっていた。
友人の受け持ち患者さんに、ダブルキャンサー(重複癌)の女性がいたからだ。

乳癌と子宮癌、女性は入院中に、数日おきにそれぞれの手術をうけていた。年齢も私達と近い。それで私にも注意を促したのだろう。
    (入院したら、私も彼女の受け持ち患者の一人になるので)

入院まで、あと一週間なかった。
市役所の保健センターに行き、子宮癌検診の補助券をもらい、いそいで隣の市の産婦人科を受診した。
  (補助券をもらうと、値段が安く受けられたので、今回は2000円)
結果、ただれなく、大丈夫とのお墨付きをいただいた。

ダブルキャンサーの不安だけは取り除き、私は入院したのである。

このブログをもし、乳癌の心配があって見ている方、これから乳癌手術で参考に見ている方、出来れば子宮がん検診も受けておいた方がいいです。

ダブルキャンサーって、あるんです。


2011-08-16 (火) | 編集 |
手術終了から3時間安静で、その後は歩行可能です。
尿道カテーテルが入らない分、自分でトイレに歩くのです。

手術終了後、自分の部屋に戻って、、、、身体についている心電図モニターのコード(胸部に3個所)や、経皮酸素モニターのプローべ(指につけている)、足の弾性ストッキング(血栓予防)、左手の点滴、自動輸液ポンプの器械、すべてが煩わしかったです。

外してもらえる3時間経過が、待ち遠しかった!身体の向きが思うように変えられず、煩わしかったものの、痛みはさほどではなかった。

3時間経過して、モニターオフ、バイタルサイン測定(看護師が血圧や体温を測りにくること)オフになってからは、ストッキングも勝手に脱いでしまい、ずいぶん楽になりました。

その日の担当看護師さんが、痛みどう?「ソセ・アタ」の指示もあるよ、使ってみたら、こんな機会だし、、、と勧めてきます。「ソセ・アタ」とはソセゴン+アタラックスP という薬剤を意味していて、強力な痛み止めです。

去年、同じ乳癌で手術したT看護師という方がいらっしゃるのですが、面会にいったら、その彼女は術後ソセ・アタを使っていたわよ、、、という話を聞いていました。

乳癌の術後って痛いんだぁ〜、、、と先入観バリバリだったのですが、私は殆ど痛みはありませんでした。
寝る前に、せっかくだからと、処方されたロキソニンを1錠だけ飲んで入眠しました。

後で知った話ですが、乳房切除の方が、痛くないんだそうです。
乳房温存手術の方が、痛いらしいです。

ドレーンに貯まるリンパ液が減ったら、ドレーンが抜けるらしいのですが、なかなか量が減りませんでした。
自分では当初、腋下にドレーンが入らなければ、5日間位で退院できるかな?なんて考えていたものの、入院は10日間となってしまいました。

Jバックドレーンという四角いバックをぶら下げながら、トイレと、お風呂のみ歩行してました。
私の個室は、トイレやシャワーはついていない安めの個室だったのです。

本当は売店の方も行きたかったのですが、病院内、至る所に知り合いがウジャウジャいるので、彼らに会ったときに
、いちいち入院していること、手術したことを一から話すのが面倒臭かったので、部屋にジッとしていました。

入院中とても気になったのは、病理の結果でした。
針生検の結果、ホルモンレセプターER(+) PgR(+)はでていたのですが、HER2の結果が出ていませんでした。

なかなか出ないHER2の結果は、今思えば、ハーセプテストで2+の為、FISHテストを追加していた為時間がかかったのだろう、、、、と考えられました。FISHテストで(+)と知ったのは、退院してからでした。

私の乳癌は、半年前のマンモグラフィーで写らない、半年でこんなに大きくなる癌だから、けしておとなしい癌ではないだろうなって感じていました。

絶対、性悪な癌だなって、感じていました。
トリプルポジティブとか、、、ルミナールBってヤツね?

乳癌の中で一番お金がかかる奴ね、、、、抗癌剤で脱毛してしまうのか、、、、
乳癌は手術してからがスタートでした。